若き日のノイマイスター・コラール

BWV1093 ノイマイスター手稿譜
BWV1093 ノイマイスター手稿譜

J.G.ノイマイスターという男はどこにでもいるような牧師だったかもしれない。200年前のドイツの地方都市でオルガンを弾きながら暮らしていた。勉強のためか教会のミサで弾くためか知らないが、男は誰が作曲したか定かでないコラールをたくさん筆写した。彼の書き写した楽譜はめぐりめぐってアメリカに渡り、イエール大学の蔵書になっている。

 

さて、このノイマイスターのコラール筆写譜が注目を浴びたのは1980年代のことで、残る84曲のコラールの内、38曲がJ.S.バッハの作だという研究結果が公けにされたのである。世紀の大発見と言いたいところだが、事はそう単純ではなく、本当にそれらがバッハの真作だと確証する証拠はいまだに見つかっていない。300年も昔の音楽である。バッハの作品とされているものの中には未だに真作か偽作か疑わしいものが多く存在している。有名なところでは《トッカータとフーガ》ニ短調や、私の大好きなモテットBWV230も嫌疑が晴れない。はっきりしていることは音楽は間違えなく素晴らしいということ。誰が作者であろうとその部分だけは決して変わることがない。


話をノイマイスターの方に戻そう。現在この曲集は《ノイマイスターコラール集》という名で知られ、バッハ全集にも組み込まれている。記譜法や音楽様式の観点から1710年以前、あるいは1700年以前に作曲された可能性が高いという。つまり、バッハの20歳前後、15歳前後の作品ということになる。これは若い!音楽はどれも短い。礼拝で日常的に演奏されたコラールだ。そしてどれもフーガ風の装いをしている。BWV1116《神の御業は善きかな》は主題がゴルトベルク変奏曲のあのクォドリベットに似ている。BWV1117《人はみな死すべきもの》は映画『サラバンド』のエンディングである。BWV719《かくも喜びに満てる日》は個人的に最も高揚するコラールだ。日常的で短い音楽。しかし、驚くべきパッセージが不意に入ってきたりする。思わぬところで掘り出し物を見つけ出せるかもしれない.