私がまだ中学生の頃、BSでハリー・クリストファーズとThe Sixteenによる『メサイア』が放送されていたのを観ました。確か、1991年ダブリンでの演奏会の模様だったと思います。当時の私は、まだ古楽器による演奏に聴き慣れていなかったのですが、キビキビした癖のないアプローチがとても気に入り、何度も録画した映像を観たことを覚えています。近年も精力的に活動しているクリストファーズを久しぶりに聴きたくなり、The Sixteenと2007年11月ロンドンのセントポール教会で録音した盤を購入することにしました。
ところで『メサイア』は、ヘンデル自身が改作に改作を重ね、決定稿が存在しない作品だとどこかで読んだ気がします。しかも、その改作は実用的かつ便宜的なもので、作品の完成度を高めようとするものではないため、現代の演奏家が『メサイア』に取り組む場合、作品解釈において何らかの見解が求められることになります。クリストファーズがどのようなエディションを使っているか私にはわからないので、詳しい人がいたら教えてほしいものです。
クリストファーズの演奏は一言で言えば「簡素」です。いい意味でさっぱりしています。そもそも『メサイア』のオーケストレーションは、基本的に弦楽器とオーボエ、ファゴット、通奏低音のみで、時たまトランペットとティンパニが加わる程度のそもそもが小編成です。1742年のダブリン初演では、オーボエ、ファゴットさえなかったというから驚きです。弦合奏だけでも、イタリアン・コンチェルトのように華麗さにうねらせて演奏することだって可能だと思いますが、クリストファーズの音作りはむしろ素朴で変に洗練されていません。そういった意味で、当初娯楽音楽として構想された『メサイア』ではあるが、オペラティックな味付けはせずに、アンセムの延長のような雰囲気で演奏しているように聴こえます。
アンセムと書きましたが、『メサイア』は合唱曲が多いという特徴を持っています。ヘンデルのオラトリオの中では『エジプトのイスラエル人』の次に合唱曲が作品なのです。The Sixteenの合唱はいつも通り抜群の精度を誇っていて、神経質にならずにポジティブな響きをなんの無理もなく作り出しています。どれも素晴らしいのですが、第2部の始まってすぐのイザヤ書からの連続する合唱も激しくなりすぎず、言葉の抑揚で感情を描き分けているあたりが、たまらまく巧いと感じます。
美しいアリアも多い『メサイア』。独唱にはサンプソンやパドモアといった人気の歌手を起用してのびのびやらせているのでこちらも抜けがいいですね。第12曲でようやくソプラノが登場し、天使が羊飼いのもとに現れるレチタティーヴォが歌われると、とっても神秘的な気分に浸れます。
切り詰めた響きの中においても、窓から光が差し込んでくるような演奏です。
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