S.L.ヴァイス:不実の女 / 佐野健二(2006)EMCR0011

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いかにもプライヴェートな小部屋でひっそりとはじいている趣である。さりげなく質の高い音楽を提供してくれるアーリーミュージックカンパニーが初めて世に送り出した作品が、この佐野健二によるS.L.ヴァイス(1686-1750)のアルバムであった。

13コースのジャーマンテオルボ使用、写真で見る限りネックがS字にまがっている。低音が豊かな大型のバロックリュートを使っているということで理解すればいいのだろうが、だからといって迫力がある音色とかいうことは全然ない。それがリュートという楽器である。だから、ボリュームを上げないで聴く方が、ヴァイスの音楽に寄り添えることだろう。

 楽器の音色は冒頭の短いインプロヴィゼーションで十分に堪能できる。一音目の低弦のべ~ンである。収録されている《不実の女》というタイトルの由来はわからないが、サラバンドやメヌエットは気だるく、ドイツというよりスペインって感じの色気と陰影が「不実」な匂いを醸し出す。続くパルティータは30分近い長さを持ち、疾走するクーラントや高揚していくプレストなど集中力と品格を増していく。

絢爛であるはずのドレスデンの館で、このような音楽はどのような形で演奏されていたのか想像もできないが、ヴァイスが最高の報酬を得ていたという事実から察するに、一篇の詩のような彼のリュートは、大きな音や甘美な旋律をもつ他のさまざまな音楽以上に人の心を打つものだったのだろう。

そして、佐野健二のひっそりとしたこの録音は、電子音にまみれた現代人の耳にもやさしく意味有りげに語りかけてくれる。