モーツァルト:クラリネット五重奏曲K.581/M.ポルタル&イザイ四重奏団(2004)YR504

YR504
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  学生時分、阿佐ヶ谷のヴィオロンに入り、こじんまりと薄暗い中でブランデーの2,3滴入った安くて格別旨いコーヒーをチビチビしていると、ノイズの向こうからクラリネットの音色が立ち上がってきた。現実がぼやけてくるくらいに柔らかく、極上なくつろぎを感じたのであった。レコードの演奏者はわからなかったが、それが私がモーツァルトのクラリネット五重奏曲イ長調 K581を知った初の体験であり、以来モーツァルトの最もモーツァルト的作品がK.581だという思い込みを続けている。

 ここでは最近聴いたミシェル・ポルタル&イザイ四重奏団のCDについての感想を書こうと思う。音盤はイザイQの自主レーベルからのリリースされている。

 私はクラリネット五重奏曲を聴くとき、ヴィオロンでの幸福感を思い出しながら聴き始めるのだが、そもそも我が家の装置ではそのレベルに達することはどの演奏であっても難しい。今回のイザイQの演奏は線が細く響きがあっさりしているため、パイプをぷかぷかとくゆらせるようなたっぷりとしたアンサンブルではないし、かと言ってアグレッシブで精緻な現代的な解釈とも異なっている。やっぱりフランス人のポルタルとイザイQであるから、エスプリって感じのモーツァルトと言えばよいのか、なかなか適切な表現が浮かばない。

 ポルタルのクラリネットは素朴で淡白な感じがする。技量的には十分だが、彼の感性をそのまま音にしているような率直さで、名曲を録音するという重圧を感じさせない。ライブハウスにふらっと入ってきて、そこにいるバンドと何気なくセッションしているかのようなラフさといったらいいだろうか。イザイQも自然体で作りこんでいない。上声部が優勢の音色が先に触れた線の細さにつながっていると思う。旋律の揺れは彼らの独特のものだろう。変奏やトリオで劇的な変化を求めることもせず、じゃれているというか、横にスーと流れていく通気性の良さが心地よい。

 私は彼らが創造したモーツァルトが、特別な価値を有しているようには思えなかったのだが、この演奏は普段何気なく聴くにはちょうど良く、やっぱり美しいのである。

阿佐ヶ谷ヴィオロン
阿佐ヶ谷ヴィオロン