リュートという楽器が生み出す親密に移ろっていく世界観は、例えその楽曲が400年も前の音楽だとしても、古臭さやアカデミックな感じを全く感じさせない不思議と自然体な魅力をまとっています。私は《薫る風》に収められているカプスベルガーやピッチーニの音楽が、筝曲とかカルロス・アギーレとそんなに遠くない音楽だと思ってしまったし、特定の時代を感じさせない普遍性をリュートの響きから感じ取りました。
このアルバムに収録されている作曲家を2人だけ簡単に紹介したいと思います。ジョヴァンニ・ジローラモ・カプスベルガー(1580-1651)はドイツ貴族の両親を持ち、ヴェネチアで生まれました。
教皇ウルバン8世の元で教皇庁の音楽家として活躍し「ローマきってのテオルボの達人」と評判を得ました。そんなカプスベルガーの音楽をリュート奏者の野入志津子はブックレットの中で「“新しい時代”の自負に満ち満ちて個性が強い」「トッカータは感情やアフェット(情緒)をさながらレチタティーヴォのように、語るがごとく表現する情熱とドラマの音楽なのである」「驚きと遊び心に満ちた即興劇のよう」と記しています。私はトッカータ第6番の醸し出すまるで木立の合間から差してくる柔らかい光の印影のような音楽に惹かれます。
もう一人のアレッサンドロ・ピッチーニ(1566-1638)は、フェラーラのリュート奏者一家に生まれました。彼は低音から高音まで広い音域を出せるように「アーチリュート」という楽器を考案し、1594年にマントヴァの工房に製作を依頼しています。収録されているいくつかのトッカータを聴くと一音目の地を這うような低音が印象的で、軽やかな旋律と重なって立体的です。このアルバムで最大の盛り上がりを見せるのはおそらくピッチーニのパッサカリアでしょう。中間部は激しく和音の鳴らし感情的に表現しています。その後に続く技巧的な変奏も正統派の大家として評価されていたのはピッチーニの力量が示されています。
リュート奏者の野入志津子はバーゼル・スコラ・カントルムでオイゲン・ドンボアやホプキンソン・スミスに師事した後、ルネ・ヤーコブスの専属のリュート奏者を務めた経歴を持つ、真に古楽に精通した国際的な音楽家です。ACOUSTIC REVIVEレーベルの高音質な録音が見事に演奏の空気を捉えています。
コメントをお書きください