J.S.バッハは1708年以降、ヴァイマル公ヴィルヘルム・エルンストの宮廷オルガニスト兼宮廷楽師として活動していたのですが、1714年3月2日に宮廷楽師長に昇進しました。これにより、「毎月1曲の新作」を提供する義務を負うことになります。その第1作として1714年3月25日《天の王よ、歓迎します》BWV182は作曲されました。このカンタータは棕櫚の日曜日のために上演されました。キリスト教では四旬節(謹慎期間)の最後にあたる週、復活祭の前の週を「聖週間(嘆きの週)」と呼びます。ガリラヤ地方で宗教活動をしてきたイエスが、いよいよエルサレムに入ってきた時に群衆は棕櫚の枝を振り、枝を道に敷いてイエスを迎えたという故事が残っています。BWV182の台本はキリストが十字架に磔になる受難と分かちがたく結びついている内容になっています。
第1曲はソロヴァイオリンとリコーダーが付点リズムのテーマを交互に奏でたり重ねたりするソナタです。他の弦楽合奏はピッチカートで伴奏しており、イエスがロバに乗ってエルサレムに入場する姿を描写しています。
第2曲は快活な低音のリズムから始まりソプラノから合唱フーガで「天の王よ、歓迎します」と歌います。最後の加わるリコーダーがここでも独奏楽器として色彩的に振る舞っています。
第3曲はこのカンタータ唯一の短いレチタティーヴォで、詩編の言葉を伝えます。第4曲からは作詞家ザロモン・フランクの自由詩によるアリアが続きていきます。バス・アリアはヴァイオリンのトリルが特徴的で、歌詞の内容はイエスの強い愛が世を救うために自らの命を捧げたと受難に関するイエスの行いを説明します。
第5曲のアルト・アリアはこのカンタータの中心的なメッセージを伝えます。イエスの行いに報いるために、信者は信仰を捧げなさいと。アルト、リコーダー、通奏低音によるトリオの編成が、物悲しく印象的な美しさを生み出します。
第6曲のテノール・アリアでは急速なチェロの伴奏が、イエスの足取りを表し、「逃げずに連れて行ってください」と信者の気持ちが吐露されます。
第7曲は合唱コラールですが、テノール、バス、アルトの順の模倣に始まり、その上にソプラノ、リコーダー、ヴァイオリンがユニゾンで重なり、こちらはコラールの旋律を引き延ばして「イエスよ、あなたの受難は私にとってまがいなき喜び」と歌います。
最後は3拍子の合唱フーガです。第1曲のソナタの雰囲気がより楽しげになって戻ってきます。やはりここでもリコーダーの妙技でテーマが示されて、楽器と合唱次々入っていきます。歌詞は「さあ、喜びのサレムへと行きましょう。王に付き従いなさい、愛と苦しみの中で」。
このBWV182は、バッハの比較的早い時期に作曲されたカンタータではありますが、随分とイタリア的な技法や発想が投入されており、すでに壮年期のそれに近いづいています。とはいえ、独特軽みがあり、作曲家の若き日の感性が感じられる名作だと思いました。
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