読書『Drucker for. Survival 未来を大きく変えるドラッカーの問い』井坂康志 著(日本能率協会マネジメントセンター)

 この本は、一定の期間社会経験を積んだ方や企業の管理職についている人、あるいはセカンドキャリアを考えている人に向けて書かれているようです。とはいえ、教養本として読者を選ばず、何より実用的な含蓄に富む哲学書として読み解くことができます。ドラッカー学会理事として数々の著書を記し、ドラッカー研究の第一人者である上田惇生氏から薫陶を受けた井坂康志氏の平易で飾らない文体にも信頼を持ちました。

 ドラッカーは著書の中で「マネジメントとは事業に生命を与えるダイナミックな存在」であること。企業の目的は顧客の創造であり、企業の機能はマーケティングとイノベーションであると明示しています。凝縮された定義づけなのですが、解きほぐすととても意味深く、人間的な解釈へと向かっていきます。

 マネジメントには3つの役割があると言います。

①「自らの組織に特有の使命を果たす」

②「仕事を通じて人を生かす」

「社会的責任を果たす」

ドラッカーにとって企業の目的はあくまで人と社会であり、金設けではありません。①に関しては「なぜ自分の会社は存在するのか、世の中に必要とされているか」という問いが隠れています。顧客のニーズを知るためにマーケティングを行うのですが、ドラッカーの面白いところは対象へのアプローチにあります。ドラッカーは自身を社会形態学者と呼んでいました。その心得は「すべてのものを命あるものとして、ありのままに見る」です。哲学者のカントによると人を何らかの目的の手段として見てはならず、人を目的として見ることが「ありのままに見る」ということなのだといいます。それに加えドラッカーは幼いころからゲーテを尊敬していました。ゲーテは色彩や形態の質的な体験を対象的思考と呼んでいて大切にしていました。全体を捉えようとするとき数やデータだけではなく、感性を働かせ対象の真の価値やニーズに迫ろうとします。マーケティングに関しては「予期せぬ成功」、偶然の出来事からイノベーションへと繋げるきっかけをつかむべきだとも書いています。失敗よりも成功から学ぶ姿勢。理屈は後からでもいい。失敗の数は挑戦の数を表す。挑戦を止めず、きっかけを求め内よりも外の世界に目を向け観察する。そして、社会の変化を捉えイノベーションに結び付けると言います。②に関しては、働く一人一人の強みを生かすことを説いています。弱みには着目せず、弱みを克服させようとしない。「強みを生かす」という言葉は本書に何度も出てきます。テクノロジーがどれだけ発展しても、企業の中心には人があるという考え方です。③については、ヒポクラテスの誓いにある「害をなさない」が説明されています。できれば世の中の課題を解決するような事業ができればよいでしょう。でもそれよりも悪い影響を与えないことが大切です。反社会的な活動や公害は分かりやすい悪ですが、電気を使いすぎていないか、周辺の交通状況を悪くしていないか、社屋の建物が影になり日当たりを阻害していないか配慮が必要です。

 書き出すと他にも数え切れないほどの金言が散りばめられていますが、私のような人間が共感を感じるのはすべてに通底する次のような傾向です。傲慢な人を戒め、謙虚な人を尊ぶ姿勢だったり、目先の利益をには懐疑的で、地味な活動の蓄積に本当の価値を見出す「人と社会」に関する眼差しが禁欲的で真を突いています。好きなエピソードがあります。ドラッカーは18歳の時ハンブルクの木綿商社に勤めていました。勤めを終え、オペラハウスでヴェルディの『ファルスタッフ』を観劇しました時、その迫力に圧倒されたといいます。『ファルスタッフ』は作曲者が80歳の時の作品で、なぜその年になってこのような大作に挑んだのか聞かれ、ヴェルディは「いつも失敗してきた。だからもう一度挑戦する必要があった」と答えたといいます。ドラッカーはこの言葉を生涯忘れなかったと述べています。最終的には人生そのものをどのようにセルフマネジメントするのか。これについて読者に問いかけて本は終わります。