NAXOSレーベルの日本語帯は、いつも決まって大袈裟で、スーパーの安売り広告のようにカジュアルです。それがクラシックっぽくなくてとても面白いなと思っていました。私が所有しているミュラー=ブリュールのロ短調ミサのCDは右のジャケットの版ではなく、DAS MEISTERWERKと題したシリーズから出された一枚で、グリューネヴァルトの祭壇画がプリントされたバージョンのものです。その帯には「晴朗の極み。アンビリーバブルな美演!」と謳われています。このチープな表現がNAXOSらしくてたまらないのですが、演奏を聴くとこの「晴朗」「美演」という謳い文句が言い得て妙だと思える、そんな演奏になっているのです。
ミュラー=ブリュールとケルン室内管弦楽団はドイツにおける古楽運動のかなり早い時期から活動を行っている名コンビです。1964年にブリュールが同楽団の音楽監督に就任して以来、彼が亡くなる2012年まで数々のレコーディングを行ってきました。注目すべきは1976年から1986年までの間にCapella Clementina(カペラ・クレメンティーナ)と改名し古楽アンサンブルとして活動していたということです。それを裏付けるように1990年代後半以降にNAXOSに録音されたバッハ、テレマン、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンの演奏は、明らかに古楽奏法の方法論が反映されています。私の聴く限りモーツァルトなどは独特なデュナーミクのつけ方や、短く切るフレージングにより個性的な演奏の部類に入ると思います。
さて、今回聴くバッハのロ短調ミサは、個性的な交響曲録音や颯爽としたバロック器楽の録音と少し違った印象を持ちました。癖が少なく「晴朗」「美演」なのです。その大きな要因になっていると思われるのがハンス・クリストフ・ラーデマン率いるドレスデン室内合唱団の存在です。ラーデマンと言えばリリングの後を引き継ぎゲヒンガー・カントライを率いている現代を代表するバッハ演奏家の一人ですが、1985年に自らが創設したドレスデン室内合唱団ともシュッツやハッセなどドイツ・バロックの主要な作曲家を取り上げた意義深い演奏活動を続けています。このロ短調ミサでのドレスデン室内合唱団は各声部の声質が見事に揃った、純度の高いアンサンブルを展開しています。特に古様式(スティレ・アンティコ)による楽曲における清新で調和のとれた実直な表現は素晴らしいと思いました(Credo in unumでは、ケルン室内管弦楽団のノン・ヴィブラート奏法によるコラ・パルテが見事に決まっています)。一方、コンチェルタート様式によるに華やかな楽曲では、やや大人しく聴こえるのが惜しいところです。
独唱者は古楽に精通した布陣が揃っています(スンハエ・イム、マリアンネ・ベアーテ・シェラン、アン・ハレンベリ、マルクス・シェーファー、ミュラー=ブラハマン)。その中でもアン・ハレンベリの歌うQui sedes ad dexteram Patris が心に残りました。生き生きとしたリズムの中に、微妙に歌い方を変化させて巧みに神への賛美を歌っています。
ミュラー=ブリュールの表情付けは穏やかです。確かに、彼の特徴である短く切るフレージングや硬質な響きによるティンパニの鳴らし方には特徴があります。それでも、このロ短調ミサでは、モダン楽器らしい暖かみと厚みがある安定した音運びが印象的です。一方で、さまざまな側面があるロ短調ミサという作品が持つ繊細さや陰影を表現しているかというとそれは難しく、ややトーンが一本調子のようにも聴こえます。
とは言え、これは気持ちの良いバッハ演奏です。高らかに鳴り響くトランペトは、まさに「晴朗(空が晴れわたってのどかなさま)」(goo辞書より)ではないでしょうか。
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